明るい社交不安障害日記

社交不安障害について明るく病状説明する日記です。

明るい社会不安障害日記②「始まりは先端恐怖症から」

社交不安障害(=社会不安障害)の診断を受けるまでに多分5年ほどかかった。
 

最初は先端恐怖症で,高校時代から筆記具がまともに見られない,社会人になってからは紙挟みの四辺や量販店の(品物をかける)フックすらダメだった。
 
 
眼鏡をかけている自分に対して“何もせず目に刺さる”・・・はずは無いのに,
先端が自分の目を抉るような妄想に駆られた。
 
 
会議で上司がボールペンで書類を指すのもダメだし,最終的にはクリアファイルもダメになってしまった。
 
 
職場の文具は引き出しに入れるのが常だが,引き出しを開けた瞬間に飛び込んでくるペン先に耐えられず,自分でペン立てを入れて“必ず”ペン先を下に入れて,出来るだけ目に入らない範囲に遠ざけた。
 
 
先端恐怖症の自分がおかしいと思っていたが,高所恐怖症の先端verだと思えば出来るだけ自分の目に入らないように気をつければ良いと思っていた。
 
 
そのまま高校を卒業して,しばらくはそれで慣れていった。
 
 
社会人2年目。
学生時代には授業中だろうと休み時間だろうとどこでも寝られていた自分がいくら突っ伏しても昼のニュースが耳に入って来て不快で寝られなくなった。
 
 
社会人3年目,夏頃から昼ご飯の弁当に入って居る肉物が食べられなくなった。
その頃,実家通いだったため,親に事情を話し,弁当から唐揚げが消えて,野菜炒めが主な昼食になり,太田胃散で流し込む日課が始まった。
 
 
 
その頃から飲み会も胃にお酒を入れて麻痺させてからご飯を食べるようになった。
そしてほぼ同時期に行われた飲み会で,一切料理が口に付けられなくなった。
というか,飲み会に向かう時点で吐き気が止まらなかった。
 
流石に何もしていなくてこの状態はおかしいと,内科に行ったところ
胃潰瘍ですね。」と言われ,穴が空きかけていた状態だったらしい。
 
そんな時でも“あぁ,胃潰瘍って必ずしも入院しないといけない訳じゃないんだ”と,どこか余裕を持っていた自分を思い出す。
 
 
確かに2週間すると吐き気は収まってご飯が食べられるようになった。
(後で処方箋を見ると,ストレス性用の薬が出ていたのでそれの効果もあったのだろう。)
ただ,そこで止めるとあっという間に戻るので内科への通院が始まった。
1月頃,カウンセラーに相談して,病院を紹介して貰って,ようやく判明。
そんな流れだった。